1977 年のHPC

HPC界のみなさま

SWoPP-announceと重複したらご容赦ください。

電子ジャーナルHPCwire Japan  https://www.hpcwire.jp/
に掲載中の『新HPCの歩み』は1977 年に入りました。1回で掲載します。

日本のHPCにとって画期的なことは、日本初のベクトルコンピュータであるFACOM 230-75 APUが動き始めたことです。Cray-1の翌年です。京都大学ではVLIW計算機QA-1が稼働します。

IBMは互換機を振り払うべく、System/370シリーズの第2弾303Xシリーズを発表します。出荷が間に合わないほど注文が来たそうです。2年目のCray-1はLLNL、NCAR、ECMWFに設置されます。ミニコンピュータでは、VAX-11/780が発表されます。

長い歴史を持つ半導体国際会議ISSCC(第24回)で、初めて基調講演に日本人が選ばれました。シャープの三戸左内氏です。

1973年のオイルショック後の半導体不況で、日本企業が進出してきたので、アメリカではこれに対抗しSIA(米国半導体工業会)を結成しました。同じころAMDのSanders CEOは、訪米中の福田赳夫総理大臣に直訴に及びました。いよいよ日米半導体摩擦が始まります。

インターネットに欠かせない暗号では、DESが規格化されるのも、RSA暗号が提案されるのもこの年です。

次回は1978年に入りますが、8月30日はお休みをいただいて、9月6日に公開します。筆者はこの年、筑波大に転任します。

小柳義夫@高度情報科学技術研究機構