1984 年のHPC

HPC界のみなさま

 電子ジャーナルHPCwire Japan  https://www.hpcwire.jp/
に掲載中の『新HPCの歩み』は1984年に入りました。今週号まで3回に分けて掲載しています。SWoPP-announceと重複しましたらご容赦ください。

日本では、1月に名古屋大学プラズマ研究所でVP-100が稼動したのに続いて、4月にはVP-100が京都大学大型計算機センターに設置され、本格的なスーパーコンピュータ時代が到来しました。後にリクルートのスーパーコンピュータ研究所所長として来日する、Raul Mendezは「VP-200はベクトル性能の面でX-MPより大幅に勝っており、スカラ性能は互角」との報告を公表し、アメリカにショックを与えました。

アメリカでは、日本の半導体メモリ市場の独占、第五世代コンピュータプロジェクトの発足、スーパーコンピュータでの日本の優位など、アメリカ人の神経を逆なでする出来事が相次いだため、商務省が日本技術評価プログラムを立ち上げ、日本のコンピュータ科学を詳細に評価します。アメリカの見方がよく現れています。

超並列では、アメリカで超並列ベンチャーが立ち上がりつつある中、日本でも富士通研究所が64ノードのCAPを開発します。筑波大学の星野力等は、DC J-11をCPU として用いた新しい並列コンピュータPAX-32Jを開発し、商品化もされました。このころ世界ではQCD (量子色力学)専用並列コンピュータを開発するプロジェクトがいくつか始まっています。

Apple Computer社は、初代Macintoshを発売しました。マウスを採用し、書類やゴミ箱など現実世界のオブジェクトをアイコンとして画面に表示するなど画期的なPCです。

この年、アメリカではMultiflow、MIPS、Cydrome、Cisco、Xilinx、Dellなどの企業が創立されます。中国でも、中国科学院計算機研究所の11名の研究員が聯想集団(現在のLenovo)を創立します。

応用数理科学に関するわが国唯一の英文誌JJAM (Japan Journal of Applied Mathematics)が、1984年発刊されました。現在のJJIAMの前身です。

世界中でネットワークが広がる中、日本でもHEPnet-JやJUNET始まり、ようやくネットワーク時代の幕開けです。

多くの若手研究者(私も)が奨学金でお世話になった作行会が解散しました。さてそのスポンサーは? この時初めて明らかになりました。

ご笑覧ください。1985年の記事は、来年1月11日から連載予定です。

なお、昨日完結した『青天を衝け』に出てくる、渋沢栄一の後を継いだ孫の渋沢敬三とその弟の智雄が、日本IBMの前身である日本ワトソン統計会計機械の設立に深くかかわっています。「新HPCの歩み(第4回)-前史(d)-」https://www.hpcwire.jp/archives/32881

さらに余談ですが、先日ゴードンベル「Covid-19特別賞」を受賞した坪倉誠教授のインタビュー動画が公開されました。これもご笑覧ください。https://fugaku100kei.jp/

小柳義夫
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