1999年のHPC(その三)

二十世紀の語り部小柳義夫です。現在、SC23(11/12-17)が開催中のDenverにおります。

電子ジャーナルHPCwire Japan https://www.hpcwire.jp/
に掲載中の『新HPCの歩み』は、すでに1999年に入っています。6日「-1999年(d)-」と13日「-1999年(e)-」の記事をご紹介します。「標準化」「「アメリカ政府の動き」「日米貿易摩擦」「アジア太平洋の政府関係の動き」「ヨーロッパの政府関係の動き」「世界の学界の動き」です。

HPF合同検討会 (JAHPF)は、日本語版「High Performance Fortran 2.0 公式マニュアル」を出版しました。HPFの運命や如何に?

SC98におけるBoFで提案された」Grid Forumに主としてアメリカから100名が結集しました。ヨーロッパでもアジアでも動いています。

IEEEは、2.4 GHz帯に続いて5 GHz帯の無線LAN規格を制定しました。

アメリカでは、PITAC第1会期の最終報告書が提出され、クリントン政権はこれに基づいて「21世紀の情報技術IT2」イニシアティブを推進します。

ASCI Blue Mountainに続いて、ASCI Blue Pacificもフルシステムが稼働し11月のTop500で目出たく2位となりましたが、1 TFlops級であったはずのASCI RedがプロセッサをPentium IIに変えて1位をキープしています。

NSF関係では、PACIプログラムに採用されたNCSAとSDSCは資源を整備していますが、採用されなかったPittburghセンターもしぶとく頑張ります。

日米摩擦では、連邦最高裁も理由なく日本電気の訴えを棄却し、ITCも再び被害を認定します。日本電気はもちろん、富士通も強烈に反発します。

筆者はシンガポールとスイスのスーパーコンピュータ組織の外部評価に加わりました。外国の事情を見ると、日本にも参考になることがたくさんありました。ワインのテイスティングも。

SETI@homeが有名になりましたが、グリッドといえば「遊休グリッド」だという誤解も広がりました。SETI@homeのスクリーンセーバを記事に貼り付けましたが、クリックすると動きます。元々Wikipediaにあったものです。

そろそろMooreの法則の行き止まりが見えてきました。

BostonのThe Computer Museumが閉鎖され、西海岸Moffett Fieldの支所に収蔵品が移されます。

今週はSC23でしたので、20日はお休みし、次回は27日に公開します。1999年中の国際会議の話題です。

ご愛読を感謝します。総目次はhttps://www.hpcwire.jp/new50historyです。

小柳義夫