2008年のHPC(その一)

「平成の語り部」小柳義夫です。電子ジャーナルHPCwire Japan https://www.hpcwire.jp/
に連載中の『新HPCの歩み』は、本日から2008年の記述に入ります。今週の記事をご紹介します。「社会の動き」と「次世代スーパーコンピュータ開発(その一)」です。

「社会の動き」は、私の主観で重要な事件を集めています。HPCの出来事との同時性をお楽しみください。最大の事件は、9月15日にLehman Brothersが連邦破産法第11章(Chapter 11(チャプター・イレブン))の適用を申請したことに始まるリーマンショックです。日本では11条と表記されることが多いが、Chapterは「章」です。日本の民事再生法の相当し、相当量の規定が書かれていて、とても「条」ではありません。これで、翌年、日本電気と日立製作所が次世代から撤退するとともに、アメリカの次世代計画も遅れました。また、翌年にかけて多くのHPCのビッグネームが退場します。

学問の世界の事件は、小林誠、益川敏英、南部陽一郎がノーベル物理学賞を、下村脩がノーベル化学賞を受賞したことでしょう。私は物理出身なので物理学賞の3人はよく存じ上げておりますが、小林・益川が、素粒子が3世代以上あると、CP対称性の破れを入れることができることを示したのに対し、南部は、対称な方程式から非対称な世界が生まれる可能性を示しました。正反対ですがいずれもすごい。あと、下村脩のご子息下村努(SDSC)が不正アクセスのKevin Mitnickの逮捕に貢献したことは、1995年(c)に書きました。https://www.hpcwire.jp/archives/71992

次世代スーパーコンピュータ開発では、前年決定したベクトルとスカラを組み合わせたアーキテクチャに基づき、システムの詳細設計が進められました。神戸の施設の工事も始まります。

次世代スーパーコンピュータ戦略委員会が設置され、次世代スーパーコンピュータの開発や利活用の在り方を検討することになりました。私も委員になりましたが、任期が、平成29年(2017年)まで9年間という長期で、それまで生きているか心配になりました。実際には、事業仕分け後の再編成のため、平成22年(2010年)初めにリセットされました。

2008年9月に明治安田生命ビル内で、4回目の次世代スーパーコンピューティング・シンポジウム2008が開かれ、ポスターセッションの審査委員長を務めました。3名の優秀賞を選び、表彰するとともに、SC08レポータとして派遣することになりました。5つの分科会の議論をまとめて、参加者有志一同の「提言」を作りました。

グランドチャレンジ「次世代ナノ統合シミュレーションソフトウェアの研究開発」の公開シンポジウムが開かれました。もう一つの、「次世代生命体統合シミュレーションソフトウェアの研究開発」については次回に書きます。

次回は、2008年(b)です。文部科学省は2004年から丸の内の仮庁舎で活動しましたが、中央合同庁舎第7号館が完成し虎ノ門に戻りました。次世代スーパーコンピュータ作業部会報告書が情報科学技術委員会に提出され、次世代スーパーコンピュータの共用のあり方と研究機能の構築についての提言がなされます。

既発表記事の総目次はhttps://www.hpcwire.jp/new50history
にあります。ご愛読を感謝します。

小柳義夫