2010年のHPC(その四)

HPC関係者の皆様
 
「平成の語り部」小柳義夫です。電子ジャーナルHPCwire Japan https://www.hpcwire.jp/
に連載中の『新HPCの歩み』は、2010年の歩みを書いています。HPCwire Japanはどうにか復旧し、連載も更新されたようなので、先週の第298回-2010年(f)-と、今週の第299回-2010年(f)-を紹介します。日本の学界の動きと国内会議(その一)です。関係者のご苦労を感謝します。わたしのブラウザは、まだhttpsになっていないと警告しています。
 
JHPCNと並行して、筑波大学の計算科学研究センターも先端学際計算科学共同研究拠点に認定され、5研究部門から7研究部門に拡充されました。
 
ENIAC以来、円周率の多桁計算は、先端コンピュータのメルクマールとして使われてきましたが、汎用CPUの飛躍的進歩と、メモリやHDDの急激な価格低下により、時間さえかければPCでも挑戦できるようになりました。8月には、飯田市の会社員が5兆桁を自宅のPCで計算し、話題となりました。なお、昔の連載
「HPCの歩み50年(第180回)-2010年(f)-」
https://www.hpcwire.jp/archives/15996
で、円周率にπというギリシャ文字を最初に使ったのはOughtedだと書きましたが、かれはギリシア語のπεριφέρεια (periphery)で表しました。一文字のπで表したのは、William Jones(1675~1749)です。今回の記事では訂正しました。
 
情報処理学会は、創立50周年記念事業として、将棋連盟に挑戦状を叩きつけました。さてどうなったでしょう。AI時代の今なら話題にもなりませんが。
 
2003年にうちあげられた小惑星探査機「はやぶさ」は、7年間の苦難の旅を終え、地球に小惑星の砂を少量持ち帰りました。搭載された計算機が7年間持ったので驚きましたが、アメリカのVoyager 1/2など50年動いています。
 
国内のHPC関連の会議もたくさんありましたが、8回目のSACSISは奈良県新公会堂の能舞台で行われました。登壇者は土足を脱いで上がりました。
 
日本応用数理学会は創立20周年記念の年会が行われ、市民講演の一つとして、私は「なぜスパコンは世界一を目指さなければならないのか」という話をしました。
 
次回は、いよいよ300回です。国内会議(その二)です。
 
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小柳義夫