1983年のHPC

HPC界のみなさま

 電子ジャーナルHPCwire Japan  https://www.hpcwire.jp/
に掲載中の『新HPCの歩み』は1983年に入りました。今週号まで3回に分けて掲載しています。

日本では、いよいよ本格的なベクトルコンピュータの稼働が始まります。日立は S-810/20を10月に東大大型計算機センターに、富士通は年末にVP-100を名古屋大学プラズマ研究所に出荷しました。日本電気も4月にSX-1/SX-2を発表します。筆者はさっそくS-810に飛びつき、格子ゲージシミュレーションの研究を始めます。

中国でも、Cray-1によく似たスーパーコンピュータ「銀河1号」(YH-1)が長沙市に完成します。

アメリカではこれとは対照的です。CMOSベクトルのETA社の創業もありますが、Thinking Machines社、Encore Computer社、nCUBE社、 Sequent Computer Systems社などの超並列ベンチャー企業の創業が目立ちます。Encore Computer社が実用化しようとしたBus Snoopingの論文がこの年に発表されています。 Cedar Project、Ultracomputer Project、RP3 Projectもこのころ始まります。

日本でも超並列コンピュータの研究は盛んに行われていました。私のいた筑波大学では星野先生らが、PAX-32に続いてこの年にPAX-128をさせ、「いよいよ本気だ」と宣言した形になりました。これがQCDPAXやCP-PACSなどに繋がります。

第五世代プロジェクトでは、Feigenbaum教授らの著書『第五世代:人工知能と日本の挑戦』が衆目を集める一方、三菱電機は逐次推論マシンPSIをICOTに納めます。本年10月6日に不慮の事故で急逝された中島浩教授(京大)が、同社で開発の主力となっておりました。

1983年元旦からARPANETのプロトコルがTCP/IPに変わり、インターネット時代へと向かいます。他方、6月には映画”War Games”が公開され、8月にはアメリカでミルウォーキーの少年12人がネットワーク浸入の容疑でFBIに逮捕されます。また雑誌Newsweekの1983年9月5日号でハッカー特集を組みました。Ken Thompsonは10月、チューリング賞受賞講演において、子供の侵入者達に対するマスメディアの好意的な扱いを強く批判しました。

最適化の手法としてSimulated Annealingが提案されます。現在、量子アニーリングと対抗しているディジタルアニーリングの出発点です。

ご笑覧ください。

小柳義夫
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