2000年のHPC(その三)

二十世紀の語り部小柳義夫です。電子ジャーナルHPCwire Japan https://www.hpcwire.jp/
に掲載中の『新HPCの歩み』は、2000年分の中ほどに来ました。先週と今週の記事をご紹介します。「日本の企業の動き」「標準化」「アメリカ政府関係の動き」「その他の国の動き」などです。

お気づきと思いますが、二三年前に関する記事からHPCwire記事(英語版)へのリンクを本文中に可能な限り入れるようにしました。わたしの記録との比較では、修正はないようなので、同時代の1次資料として価値が高いと思います。もちろん誤報の可能性もあります。URLが見つからなかったものもありますが、ご存じでしたらお教えください。

日本電気はクロックを4 nsから3.2 nsに短縮した新モデルのSX-5を発表します。翌年には地球シミュレータ(SX-6相当)の設置が始まります。日立はIBM互換メインフレーム事業からの転換を発表します。NEC日立メモリはエルピーダメモリに社名を変更し再起を図りますが、2012年には破綻します。政府主導の産業戦略の失敗例といわれます。Rapidusは大丈夫でしょうか。

標準化ではFortranのためのOpenMP version 2.0が公開され、HPFでは第4回のHUG2000が東京で開催されます。企業連合による標準化されたIA-64用のUnix OSの合同開発プロジェクトMontereyがもたついている間に、勢いを増したLinuxがIA-64にもx86-64にも対応します。

Gridでは、北米のGrid Forumと、ヨーロッパのeGrid Forumと、アジア太平洋地域のAP Gridとが統合してGlobal Grid Forumが結成することが決まり、翌年GGFの第1回が開かれます。

クリントン米大統領はインターネットなどコンピュータ関連技術と生命科学の研究費を大幅に増額します。ASCIの第3世代ASCI Whiteが稼働し、第4世代ASCI QがCompaqに発注されます。NERSCは隣町Oaklandに計算センターを設置し、SP POWER3を設置します。DARPAはエクサフロップスへの夢物語を語り始めます。NPACI(SDSC)でもSP POWER3が設置され、11月のTop500で8位に入ります。NSF PACIに入れなかったPSC(Pittsburgh)もNSF予算を得て、事実上の第3センターの役を果たし始めます。

Kevin (Mitnick)を1か所「Mevin」と誤記しました。「発想」→「発送」という誤変換もあります。

中国で最初のスーパーコンピュータセンターとして、上海スーパーコンピュータセンター(上海超級計算中心)が設立され、神威1号が設置されます。国防科学技術大学では銀河4号が発表されます。張汝京 (Richard Chan)は上海でSMIC(中芯国際集成電路製造有限公司)を設立します。TSMCとの関係は?

集積回路を発明したJack St. Clair Kilby博士がノーベル物理学賞を受賞しました。

ヒトゲノム計画については、国際協力によりドラフト版が完成し、6月26日、ビル・クリントン米国大統領とトニー・ブレア英国首相から鳴り物入りで発表されました。

SETI@homeに続く遊休グリッドの話題が二つ出ています。「PiHexプロジェクト」については高橋大介氏に教えていただきました。

余談として、家内が翌年の9.11を、「予言」と言わないまでも「予感」していた話を書きました。

さて、次回は「国際会議」です。ご愛読を感謝します。総目次はhttps://www.hpcwire.jp/new50historyです。

小柳義夫

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