2010年のHPC(その二)

HPC関係者の皆様
 
「平成の語り部」小柳義夫です。電子ジャーナルHPCwire Japan https://www.hpcwire.jp/
に連載中の『新HPCの歩み』は、9月7日から2010年に入りました。9月14日の第294回-2010年(b)-と、今週の第295回-2010年(c)-は、(a)から続く「次世代スーパーコンピュータ開発」(その二)(その三)、および「ポスト「京」コンピュータ開発」です。(先週は連休で休載しました)
 
HPCIコンソーシアムを具体化するため「HPCI検討ワーキンググループ」を設置し、4月中に3回の会議で構想をまとめました。これを公開し意見を募集した上、7月にはHPCI準備段階コンソーシアムの参加機関を募集しました。準備段階コンソーシアムの中に、検討総会を設け、詳細はHPCI検討委員会(委員長、宇川彰筑波大学副学長)で検討することとなりました。更に、その中に「システム整備検討」「産業利用促進検討」「課題選定体制」の3つのWGを置き、集中的に議論を行いました。
 
他方、神戸で建設していた計算機棟と研究棟が完成し、7月1日、計算科学研究機構(AICS)が設立されました。理化学研究所特任顧問であった平尾公彦が初代機構長となりました。愛称が「京(けい)」と発表されました。
 
文部科学省ではこれまで国主導の「次世代スーパーコンピュータ戦略委員会」が2017年までの任期で設置されていましたが、HPCIコンソーシアム主導の体制を実現するため、これに代わって「HPCI計画推進委員会」(主査、土居範久慶応義塾大学名誉教務)を設置しました。
 
9月29日、新装成った計算機棟に、「京」の第一号筐体8台が到着しました。前日、「京」を製造している石川県かほく市のFJITでは出荷セレモニーが行われました。余談ですが、出荷セレモニーのPC Watch (https://pc.watch.impress.co.jp/docs/news/396621.html)の記事のトラック写真をクリックしてよく見ると、横腹や前方の垂れ幕の「初」の字のヘンが、「衣」ヘンでなく「示」ヘンになっています。本記事に掲載した理研到着時の写真(M氏撮影)では、ちゃんと「衣」ヘンに変わっていました。珍事件でした。
 
10月1日には計算科学研究機構の設立式典が行われ、到着した筐体の見学とともに、「京」の命名式が行われ、武田双雲先生揮毫のロゴマークも披露されました。
 
前年の戦略委員会のとき、「次世代スパコンを念頭においた人材育成のあり方について」をまとめましたが、これに基づき「HPC人材育成のための教育のあり方検討会」(主査は私)で検討を行い、中間報告を出しました。今なら、生成AIとの関連でさらなる議論が必要です。たとえばAIが生成したコードを検証する人材が重要です。現在は自分でコードを作成したことのある人がいますが、将来はどうなるか。先日冗談に、「離島か山中に、AI断食道場をつくってキャンプをしたらどうか?」とか。
 
ポスト「京」の議論が始まりました。従来だと、「京」の稼働が始まってから、その様子を見て次期計画を立てるところですが、それでは間に合いません。「京」の第一号筐体が理研に運び込まれる前の8月に、「第1回戦略的高性能計算システム開発に関するワークショップ」が金沢で開催され、若手を中心に議論を交わしました。画期的なことです。11月には、第2回が秋葉原で開催。アーキテクチャからシステムソフトウェア、プログラミング言語、ミドルウェア、そしてアプリケーションも議論されています。
 
次回は、「京」「ポスト京」関係以外の日本政府関係の動き(その一)です。日本学術振興会では、G8の国際協力で新しい事業多国間国際研究協力事業(G8 Research Councils Initiative)を始めました。文部科学省研究開発局では、「気候変動予測に関する計算機検討会」を設置し、次の地球シミュレータの検討を始めます。
 
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小柳義夫

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